エルムの森だより

北海道大学教職員組合執行委員会ブログ

軍事研究費申請をやめよう

以下の情報が寄せられました

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防衛省の軍事研究費による研究は,研究発表の自由が制約され

研究の自由と矛盾するものです

こうした立場から,この研究費申請は行うべきではないと考えます

以下はこの問題を考える参考となる事項をまとめたものです

少し長いですが,ぜひお読みください

 

2月26日旭川の平和委員会などが中心となって学習会「『軍学共同』って何だ?」が開かれました。そこでの講演内容を中心に軍学共同をめぐる動きを報告します。

問題表面化のきっかけ「安全保障技術研究推進制度」

2015年度に防衛省は安全保障技術研究推進制度という大学等の外部の研究者に対する競争的研究費提供の制度を3億円の予算規模で開始した。一件当たりの研究費は最大3000万円/年、研究期間1~3年で、研究費として比較的大型のものである。対象は、①既存の防衛装備の能力を飛躍的に向上させる技術、②新しい概念の防衛装備の創製につながるような革新的な技術、③注目されている先端技術の防衛分野への適用技術、となっており、防衛省が必要とする技術ばかりか、研究者が自分の研究を防衛技術(=兵器)としてどう使えるかを提案するようなアイデアまでほとんど全ての技術分野に関わるものと言える。そして具体的な研究テーマが28件提示され、それらは毎年更新されるとしている。 初年度は大学・公的研究機関・民間企業から合わせて109件の応募があり、9件の研究テーマが採択された。大学からの応募58件から4件が採択され、その中には現在学術会議会長を務める大西隆氏が学長の長岡技術科学大学も含まれている。翌2016年度には予算が倍増し6億円になったものの、応募件数は44にとどまった。その背景にはこの問題に危機感を持ち反対運動をつづけた軍学共同反対連絡会などの精力的な取り組みがあったものと考えられる。前年度とほぼ同数の10件の研究テーマが採択され、大学からの採択は5件となった。そして2017年度予算では、前年度から一気に18倍化し110億円が措置されている。

北海道大学からの採択とデュアル・ユース

2016年度に採択された研究テーマの一つが北海道大学から申請された「マイクロバブルの乱流境界層中への混入による摩擦抵抗の低減」である。この研究は「船の燃費を向上させ、二酸化炭素の排出削減に大いに貢献する環境対策技術である」というのが申請者の主張である。これはその通りである。では、なぜ防衛省がこのような環境対策技術に研究費を提供するのであろうか?それは、この技術が防衛技術としても極めて有用なものだからである。例えば、艦船にこの技術を適用すれば高速な移動が可能になるとともに、燃費がよくなり給油の回数も少なくてすむ。このように、技術は民生用に有用であると同時に、軍用にも使えるが、防衛省はこれを「デュアルユース」技術として研究費を出すのである。デュアルユース技術の基礎的な部分を大学等の研究機関に委託し、そこから先の応用分野を防衛省や軍需産業で担うというシナリオである。 「デュアルユースだから防衛省からの研究費で研究しても何も問題はない」と考えるならば、デュアルユースとは「自分は軍事研究をしているわけではない」と研究者が防衛省からの研究費を受け取ることを正当化するための方便と言える。科学や技術の成果が民生用に役立つこともあれば軍事用に使われることもあることは、少し考えれば理解できる。飛行機が短時間での長距離移動を可能にしたおかげで私たちは東京までの日帰りさえ可能になったが、一方で飛行機は各地で爆撃機として多くの民間人殺りくに使用されている。ミサイル発射装置ですら、人工衛星打ち上げ用ロケットということが可能である。日本では所有しただけで処罰の対象となる銃が正当防衛用に認められている国があることを考えても、科学や技術の内容そのものが軍事用か民生用かの判断は不可能な場合がほとんどである。

スピンオフとスピンオン

軍事研究が有用であるということに関して、これまで言われてきたことの一つが軍事技術のスピンオフである。これは、多額の研究予算をつぎ込んで開発された軍用技術がその後、民生用に公開され普及することである。例えば、私たちの生活にとって欠かせないものになっているインターネットやカーナビなどに使われるGPSも元々は軍用に開発されたことは有名である。民生用には開発費がかかり過ぎるような技術も軍用には開発可能で、それがやがて民生用になるのであればいいではないかという意見もあろう。しかし次のような批判ももっともである。すなわち、そもそもその予算を民生用技術として開発した方がより良いものができたのではないか?技術公開といっても問題ない部分を一部オープンにしたに過ぎず民生利用といっても制限がかけられている。「スピンオフがあるから軍事研究もいい面がある」という考えは軍事研究を勧める側の論理といえるだろう。 一方、スピンオフとは逆にもともと民生用技術であったものが軍用に使われる例もある。かつて住宅地に高いビルが建ち始めるとTV電波がアンテナに直接届く以外に、近くのビルに反射して届き、テレビ画像が二重写しになってしまう「ゴースト」と呼ばれる現象が起きた。これを解決するために解決された鉄分入りの塗料は、電波を吸収することでゴーストをなくしたが、この塗料がステルスと呼ばれる軍用機に使われ敵のレーダーに映らなくなってしまったのである。科学や技術の進歩が急速になるにつれ、かつて優先的に予算措置され他産業分野に対して相対的優位を保っていた軍事産業分野も、今では予算的な制限もあり、効率よく軍用技術を開発するために、民生用技術を取り込むことに力を注いでいる。このような背景の中で今回の安全保障技術研究推進制度が始まったと見なければならない。

日本の軍需産業界の戦略

2015年に始まった安全保障技術研究推進制度は、大学等にいる側からすると突然始まったかのような印象を与えたが、実際は着々と軍産官学共同体に向けた動きは続いていた。長年軍需産業は、平和憲法の下で軍需を如何に拡大するかに腐心していたが、1990年代以降「防衛生産・技術基盤」という概念を創出した。日本の防衛産業について松村は以下のように解説している(科学, 86, 1056-1060(2016))。防衛生産・技術基盤は、1995年に日経連防衛生産委員会が発表の政策提言「新時代に対応した防衛力整備計画の策定を望む」で始めて論理展開されたものであり、「防衛省自衛隊の活動に必要な防衛装備品を開発・製造(購入)・運用・維持整備・改造・改修するための人的、物的、技術的基盤」と定義されている。その積極的な施策の一つが,米国をはじめとする海外企業との防衛装備品の国際共同開発・共同生産を可能とする枠組みの設定である。そして武器輸出三原則の再検討を行ない、国際共同開発・生産に日本も参画する道を探るべきであると2004年に政策提言「今後の防衛力整備のあり方について-防衛生産・技術基盤の強化に向けて-」を出している。 このような軍需産業と一体化し、防衛省は2014年6月に「防衛生産・技術基盤戦略~防衛力と積極的平和主義を支える基盤の強化に向けて~」を発表した。そこでは日本の現状を「工廠(国営武器工場)が存在せず、防衛省自衛隊の防衛装備品は、・・・多くの部分を民間企業である防衛産業に依存。」と捉え、開発・製造の基盤を一旦喪失すると回復には長い年月と膨大な費用が必要となるため、他の民生需要を市場とする産業とは異なり、市場メカニズム、市場競争のみに委ねることはできず、これを適切に補完すべく防衛省及び関係府省が連携し、必要な施策を講じることが必要」と結論付けている。防衛省と軍需産業が官民一体となり、さらに他の省庁を巻き込み兵器開発していく姿勢が見える。 これは政権全体の戦略であり、2013年12月には閣議決定「国家安全保障戦略について」で「産学官の力を結集させて、安全保障分野においても有効に活用するように努めていく」としている。そして2016年1月の第5次科学技術計画では、「国家安全保障上の諸課題に対し、関係府省・産学官連携の下、適切な国際的連携体制の構築も含め必要な技術の研究開発を推進する。その際、海洋、宇宙空間、サイバー空間に関するリスクへの対応、国際テロ・災害対策等技術が貢献し得る分野を含む、我が国の安全保障の確保に資する技術の研究開発を行う」としている。

先行する宇宙開発部門 JAXAの場合

このように大学を含む学術界を軍需産業に取り込もうという動きで先行しているのが宇宙航空研究開発機構JAXA)である。2008年制定の宇宙基本法、2012年に改正された独立行政法人宇宙航空研究開発機構法(「JAXA法」)改正により、JAXAの目的規定における平和利用に関する記述が安全保障目的の研究開発が可能なものに変更された。 このような改変の中でJAXAの持つ宇宙関連技術や職員は軍需産業に利用される形に移行しているようである。ホームページ上のJAXA組織図には「注)セキュリティ上の理由により、一部の情報については掲載しておりません。」と組織自身が秘密事項になっている。軍事に関わる先端技術を扱う研究者は、異動で勤務場所がかわりかつての同僚すら連絡が取れないということも聞く。これは大学が軍事研究に関わることの将来を暗示するものではないだろうか。 このような軍需産業の最終目標は外国への武器輸出である。安倍首相は近隣諸国を仮想敵国として危機をあおりながら国内では軍事費の増額、外国へは武器輸出のための外遊を繰り返している。そして自らが手を汚さず武器を輸出するわけにはいかないと憲法違反の海外派兵を行なうに至っている。自衛隊を海外派兵する必要性を独協大・本田氏は次のように指摘している「武器を売る当の企業の本国が平和主義でぬくぬくとしているわけにはいかなくなります。 「あなたたちはこれを使って戦争をして下さい。私たちは平和主義で専守防衛ですので、そこまでは・・・」ということはもはや通用しません。これは日本の原発輸出と国内での再稼働の関係と相似形といえるでしょう。この意味で、武器輸出と自衛隊の国際的な展開はまさに表裏一体なのです。」(多摩自治研「緑の風」vol.183,8(2015))

軍産官学体制づくりと大学側の対応

このような軍産官学体制で日本が見本にしているアメリカでは国防総省高等研究計画局(DARPA)が国内外のチームに競わせるコンテスト形式の競技会を開催している。自由応募形式のコンテストに参加しようとした東京大学のグループは学内規定に抵触するとして大学を離れて参加した。これに対しサンケイ新聞が2013年4月「東大に巣くう軍事忌避」として軍事研究推進側の立場から批判している。東大はこれに対し、学内での議論を進め「東京大学における軍事研究の禁止について」と題する声明を出し、一定の対応をした。このような流れの中で防衛省の安全保障技術研究推進制度が始まったのである。 2004年に法人化された各国立大学は、競争的環境の中でいかに生き残るかという大学間の果てしなき予算獲得競争に奔走した。その結果、大学全体を取り囲むより大きな状況変化に対し、協力して対応することが後回しになってしまった観がある。各大学側が個別対応も取れない中、一気に大学などを軍産官学体制に取り込もうとしたのが防衛省の安全保障技術研究推進制度であるといえよう。大学全体を取り込まなくても、大学等の研究者が軍事研究を忌避する姿勢さえ崩せばそれで十分なのである。しかし大学側がそれによって被る代償は極めて大きいことは想像に難くない。

軍産官学体制への反対と学術会議の対応

この状況に至って、軍学共同の危険性を正面から受け止め、学術界を代表して意見表明しようとしているのが日本学術会議である。学術会議は1950年と1967年の2回に渡り二度と軍事研究を行なわないとの声明を出している。これを見直そうという動きもある中、学術会議では安全保障と学術に関する検討委員会が2016年6月から月1回のペースで議論を積み重ね、2017年3月24日に幹事会声明という形で声明を出した。そこでは「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」とし、過去2回の声明を継承するとともに、学術の健全な発展の立場からは安全保障技術研究推進制度は「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」とした。 ここに至る過程である「安全保障と学術に関する検討委員会」での議論はすべて公開され、一人一人の委員がどのような立場からどのような議論をしているかが明瞭にわかる。「時代が変わった」、「自衛のための技術開発は容認されるべき」というような少数意見に対し、学術の健全な発展にとって軍事研究がもたらす負の側面を多くの委員が強調している。もっとも懸念されていたことは、この委員会の委員であり学術会議の会長である大西隆氏が学長を務める長岡技術科学大学の研究テーマが安全保障技術研究推進制度に採択されていることであり、その大西氏がしばしば個人的な意見として「この制度を容認すべき」と意見表明していることである。このような発言は、防衛省研究費の大学受け入れを、学術会議として容認していると誤解されかねないことであり、委員から大西会長が安全保障と学術に関する検討委員会の決定に反する声明を出すのではないかと危惧する声が出るのもうなずける。

真理探究の場としての大学を学内外の議論から

危機感を持った大学関係者が、委員会の傍聴を続け、広く市民に軍事研究の危険性を訴え反対運動を展開している(軍学共同反対連絡会のホームページhttp://no-military-research.jp/ 参照)。高い公共性を持つ大学において、研究・教育がどのようになされるべきかという問題を突きつけられているのであり、国民的な議論が待たれている。多くの大学では、それぞれの場で軍事研究をどう考えるかというような議論の積み重ねを省略し、学術会議がどのような結論を出すのかを注目していた。その意味において学術会議が出した声明は重要な意味を持っている。しかし、それぞれの関係者が大学の使命を考え結論を出さなければ、いずれ同じような問題が繰り返されるであろう。軍事研究とは何か、なぜ大学で軍事研究をすべきではないのか、このような問題について、多角的な視点から議論を深めることが大学自身に求められる。この視点からすると、道内で唯一防衛省研究費を受け入れている北海道大学の執行部はこの間、報道や関係団体からの問い合わせに一切答えない姿勢は説明責任を放棄したものといわざるを得ない。道内大学・高専教員の「有志アピールの会」が公開質問状を出し、防衛省研究費受け入れを容認した経緯について説明を求めていることは、議論の第一歩として不可欠なことである。 軍学共同に関しては、安全保障技術研究推進制度が以外にも、2002年の宇宙航空研究開発機構(当事の航空宇宙技術研究所)を皮切りに、大学を含めた公的研究機関が防衛省技術研究本部との共同研究を行なっていること(原則として防衛省からの資金提供を行なわないという)や新聞報道された米軍の研究資金の流入などについても検証することが求められる。また、安全保障技術研究推進制度の申請テーマを審査する評価委員のほとんどが大学関係者であることも深刻な問題である。

2017年度の安全保障技術研究推進制度

3月10日付けで2017(H29)年度の安全保障技術研究推進制度の公募説明会案内が公開された。昨年の3月23日公募開始と較べると、やや遅れ気味であるが、説明会への参加対象者は「応募を検討する研究者またはその所属機関の外部資金担当者」であり、「各機関1名程度」で事前登録制、「カメラ等による撮影は禁止、説明会会場でのマスコミ等の方の取材についてはご遠慮」となっている。まさに、関係者だけを対象とした秘密説明会という様相を呈している。学術界全体で容認されなくても一部の研究者を対象にこの制度を続けていこうとするならば、それに応募する大学に対して社会から不審の目が向けられるであろう。「軍事研究をすることも学問の自由である」というような捉え方を克服し、学問の健全な発展を保障し、平和な世界を構築するために議論を行ない学術界の方向性を定めていくこと今必要となっている。そしてそれは平和憲法を有する日本の研究者にとっての現代的課題と言えるだろう。